ぶぅメモ

都内在住さいとーさんのライフハック。

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そして、僕は父になった。

妊娠したかも

 
まるでドラマのワンシーンのような電話を受けたのは夏の終わりかけの日だった。
 
職場を抜け出し当時彼女だった妻に電話をした。
どうして妊娠がわかったのか。それは体調がおかしい日が続いていたため、もしかしてと思って検査薬で試したところ陽性反応がでたとのこと。
 
だが僕には不思議と不安はなかった。
 
そうか妊娠か。不思議と落ち着いていた。

 

 

 

これから書く内容は今後父になる男性諸君に是非読んでもらいたい。
父になるということはどういうことなのか。子供を授かるとはどういう意味があるのか。それを少しでもいい知ってもらいたい。
決して無責任なことはしないで欲しいと強く願う。
 
 

検査を受けるために病院へ

はじめての妊娠。
 
なにをしていいかはわからない。赤ちゃんはコウノトリが運んでくるんじゃないのかなんてジョークをかます余裕はない。
産婦人科を調べて病院へ向かうが普通に歩いていいのかさえわからない。衝撃が赤ちゃんに伝わらないか、坂道とか階段とか大丈夫か。そんな些細なことさえ気になる。
 

診察部屋

産婦人科につき診察を待つ。順番が訪れたが産婦人科なので僕は外で待つことに。

しばらくすると妻が出てきた。

 

「どうだった?」

 

妊娠してたよ

 

そういって差し出したのは一枚のエコー写真。

そこに映るほんと小さな命。僕たちのところにきてくれたんだね。そう思うと涙があふれそうになった。

大きさはいちごサイズ。でもしっかり生き抜こうとしている命。

 

そう僕は父になったのだ。

 

何もわからないけど、僕は嬉しかった。

診察が終わり、カフェで休憩することにした。タバコをすっている人はいないか。混み合っていないかなど気にしたけど近場のカフェに。

 

飲み物を頼み、妻が一言『どうしよう・・・』

その目には涙が光っていた。

 

不安だったのだ。

その小さな体にたくさんの不安を抱えて母になる覚悟を決めていたが不安な気持ちが遂にあふれた。

そんな妻をみて、僕は妻をそしてこの小さな命を守っていこうと改めて決めた。

 

大きくなるお腹と増える妻への体の負担

食欲が増し、どんどん大きくなるお腹。

女性の体は赤ちゃんの命を育むために日々変化していく。そうなると腰などにも影響が出てくる。

つわりなどもあり体調の良くない日も続いた。

 

母子手帳をもらいにいったり、定期検診にいったりと毎日何かと忙しい。胎教ではないがお腹を触りながら「楽しみに待ってるからね」と声をかける。

 

エコー写真もどんどんはっきりした映像に変わっていく。

名前がまだないので我が家はベビ吉と呼んでいたのは懐かしい思い出である。

このときは男の子か女の子はわかっていなかったがなんとなくベビ吉と呼んでいた。

 

ぽんぽん叩くと反応するようになった

4ヶ月もすると少しずつ胎動を感じるようになった。

ぽんぽんとお腹をたたくとそれに反応するのだ。『お父さん、ぼくはここにいるよ』という家族のサインみたいで嬉しかった。

 

時にはこんなにも力強く蹴るのかというくらいにけることもあった。こんな小さな体でもおなかの中で頑張っているんだと嬉しかったのを今でも覚えている。

 

引っ越しをすることになった

当時、結婚した直後は僕の一人暮らし時代に住んでいたところに妻は引っ越してきていた。

お腹も少しずつ大きくなってきたので妻のご両親の近くに引っ越すことに。

 

そんな中、事件は起きたのだ。 
 

まさかの緊急入院

『うーん・・・』
 
妻の定期検診についていったとき、先生の表情がいつもとは違う。
何か胸の辺りがざわざわする。季節はいつの間にか秋から冬に変わり季節の変化以上に体温が下がっていく気がする。嫌な予感しかしない。
 
医療が進歩したとはいえ、無事に出産を終えられることは確実ではない。『これをみてください』そういって見せられたのは一枚の写真だった。
 
『ここが短くなっているのわかりますか?普通はもっと長くないとだめなんですよ。切迫早産っていうんです』
 
なんだその病名は・・・。
激しい運動や動きすぎるとなる確率はあがるらしい。引っ越しの準備を頑張ってたからかも・・・と思う間もなく緊急入院することになり推薦状を書くからと大学病院を紹介してもらった。
 

泣きじゃくる妻、そして立ち尽くす夫

病院につくと即検査となった。そして予想通り入院することに。赤ちゃんの状態やどういった病気なのかを説明される。ただそんなことは頭に入ってこない。ただ気になるのは「赤ちゃんは大丈夫なの?」かそれだけだ。

 

病室に移り看護師さんから入院の説明を受ける。そして一言「赤ちゃん、大丈夫だから!」と僕たちが一番聞きたかった一言が発せられたとき、妻は声を出して泣いた。

 

僕は何もできなかった。そうただ祈ることしか。

 

ひたすら寝るという切迫早産の治療

妻の闘病生活が始まった。切迫早産の一番の治療は安静にしていること。食事とトイレ以外は基本ベッドの上だ。おなかが張るとよくないので張りを和らげる薬を飲む。それでも効かない場合には点滴で直接薬剤を投入することになる。幸いにも妻は飲み薬だけですんだ。
 
入院期間はなんと2ヶ月にも及んだ。僕にできるのはなんだ。何ができるんだ。
そう考えた結果、毎日顔を見せることだと決めて通った。
 
雨の日も雪の日も。平日も休日も。妻に少しでも元気を分けてあげられるようにそして一緒に戦い抜くために。
季節は冬からいつしか春に変わろうとしていた。
 

耐えきった入院、そして春の訪れ

遂に退院の日を迎えた。
2ヶ月ぶりの外出。おなかも大きくなりまるでスイカを抱えているようだ。
おなかの子も元気に動き回っている、まるで僕たちを励ましているかのように元気だった。
 
久しぶりの我が家。
妻は新居に引っ越して2日後に入院したためある意味新鮮な帰宅となった。
 
お帰り
 
無事3人で帰ってきたのだ。もうすぐあえるよ、息子もそういっている気がした。
 

 やっと会えたね

なんとか予定日を迎えることができた。しかし産まれそうな気配がない。散歩でもしようということになり昔2人でデートした桜並木を歩いた。今度は3人で。

 
「ベビ吉ー、もう産まれてきてもいいんだよー」
 
そうおなかに向かって話しかける妻を本当に愛おしいと思った。
 
妻の呼びかけが効いたのかその夜、陣痛があり、
 
 

2012年4月9日 午前1時56分 息子誕生。

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僕は泣いた。 やっと会えたね。ずっと会いたかった息子。やっと会えた。

産まれてきてくれて本当にありがとう。妻よ、大切な息子を命がけで産んでくれてありがとう。

そして現在

幸いにも大きな怪我や病気をすることなくすくすくと成長してくれている息子。
最近では会話が成り立つくらいに言葉もはなせるようになってきた。
 
子供が元気に成長してくれることほど、親孝行なことはない。
毎日子供との関わりを通じてたくさんのことを教えてもらっている。
 
最近では一人でバナナを食べられるようにもなった。本当に天使。
 

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まとめ

夫から父になるタイミングは本人にもわからないのだと思う。

子供を授かったタイミングで父になる人もいれば、子供が産まれても父になりきれない人もいる。

 

ただ一つだけ言えることは出産も、育児も奥さん一人でするものではない。

愛し合った妻と、夫。2人揃って前進していくのだ。

 

そして最高の笑顔で2人だけの天使を迎え入れてほしい。

最後に・・・

 

みんな、ありがとう。僕は幸せです。

 

息子に感謝。そして愛する妻に感謝。

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